この年は、なんといっても衝撃のアルバム『生きていてもいいですか』が3週連続の1位と高セールスを記録。
ただし、1982年まですべてのアルバムがロングヒットとなるなかで、このアルバムだけ半年で
チャートアウトしているところを見ると、やはりかなり一般受けは難しかったようだ。
シングルでは「りばいばる」のロング・ヒットで「かなしみ笑い」が11位に迫るヒット、
キャッチーな「ひとり上手」も発売2ヶ月内でTOP10入りを果たし、徐々に安定したシングルヒット・アーティストに成長しているのが分かる。
アルバムも他人への提供曲をまとめた『おかえりなさい』が自己最高のアルバムセールスを記録。
それにしても、これだけ“悲しみ歌うたい”が定着していても大ヒットを続けたのはDJの存在も大きかったはず。
この年は、初めてシングル、アルバム共に1位になった年。
また、『3年B組金八先生』でのたった1回「世情」が使われただけで、3年前のアルバムが突然31位にチャートイン!
それだけ物凄いインパクトがあったのだろう。シングルも「悪女」が4年ぶりの1位。出荷ではミリオン突破の売上となる。
昨秋の「悪女」のヒット以来、あまりインターバルをあけずにシングルをリリースすることで、
アイドル同様に、常にシングルヒットを出すアーティストに仲間入り。
「誘惑」「横恋慕」が発売前からラジオ、有線が好調になっている事から、低年齢層にもヒットアーティストと認識されていることが分かる。
また、アルバム「寒水魚」は9週連続TOP2を守り、当時としても異例のロングヒットに。(ちなみに、年間第1位のセールスとなり、ビッグヒットでもある。) 更に、企画カセットも3本リリースされ、2000年代の浜崎あゆみ並みの多作で、如何に「出せば売れる」の状態にあったかが分かる。
シングルヒットのあった「わかれうた」以降と「悪女」以降の大きな違いは、この認知を下げない戦略によってヒットアーティストと認知され続けた事にある。
ベストカセットが常に上位にある中、ニューアルバム「予感」が当然のごとく1位に。
名曲と評判であり続ける「ファイト!」の収録、初の編曲担当など話題性もあり、
3週連続の1位で、前週発売の松任谷由実「リ・インカネーション」を大きく引き離した。
但し、それ以前のアルバムほど長期的にランクインしないようになった。
これは、ベストカセットを買う”お得感”若しくは”満腹感”によってオリジナル作品を必要としないライトユーザーが増えたからかもしれない。
一方、シングルはこれまたヒット曲調の「あの娘」で、久々のシングルの為、
セールスの瞬発力は落ちてしまったものの、ラジオ・有線は前作「横恋慕」と変わらぬ人気ぶりであった。
「悪女」以来続いたシングルヒットも、それ以前の通常の作風に近い「ひとり」になってセールスも、
「悪女」以前の通常シングル並みに。特に、ラジオ・有線のリクエストが弱くなったことから
低年齢層および高年齢層の両端の支持が収縮したように見て取れる。
更に、「はじめまして」というメジャーに傾倒しない作風がそれを助長することになったのであろう。
それにしても、81年~84年に次々に出された計7作のベストカセットのセールスは尋常ではなく、
トータルで昨今の大物ベスト盤のセールスを遥かに超える。
”御乱心期”に突入した為、一連の”手を変え品を変え”ベストカセットブームも去り、
また本人もシングルの方向性を模索するが故にか、オリジナルアルバムのチャートのみが目立つこの年。
「御色なおし」は特に、CD・カセットのセールスが前作よりも上昇し、まだまだ健在ぶりをみせた。
期間中4枚のシングルの発売、しかもそれぞれが全く異なる曲調で、全体にバラエティに富んだ作品作りがなされていたが、
1曲毎に見せる果敢な”御乱心”ぶりに、従来のファンが続々と脱落していくのが如実に分かる1年。
8年間続けた生放送ラジオDJの”中退”、オリジナルアルバム発表のない年、ということで、
露出が減ってしまうことへの配慮であろう、初のライブアルバム(&写真集)及び
シングル・コレクションの発売をするなど通常と異なった一面で精力的だった一年。
「中島みゆき、出産」というキャッチコピーで1年で2枚ものアルバムを制作。
また、この間、薬師丸ひろ子、工藤静香などへの楽曲提供も盛んに行っており、かなり精力的な活動をしていたが、
コンサートやラジオDJなどでの露出が少なかったせいか、セールス的にはかなり底をついていた1年であった。
KDD CFソング「あした」が有線を中心とした大ロングセラーとなる。
また、工藤静香に詞を提供した「黄砂に吹かれて」のヒットや「夜会」のスタートなど
マスメディアへの話題が尽きない良い状況の中、『回帰熱』がヒットする。
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